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Spinna B-ILL

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Interview by Shizuo Ishii

誰からも好まれるインディーズ・ヒット「ライオンの子」という曲を持ち、コンスタントにアルバムをリリースしてきたSpinna B-ILLが今年の1月にアルバムをリリースしたが、それは5年ぶりのアルバム。そしてSoul Rebel 2015への出演ではHome Grownがバックを努めることも決定している。

●実は、Spinna B-ILLを最初に知ったのはアーロン・フィールドって言うレーベルの向後さんって言ったと思うんだけど、誰かの紹介でここ(OVERHEAT)にVHSテープを持って来て「こういうレゲエ・バンドを出したいんだけど、どう思いますか」みたいな、それで「歌の上手い人がいるんだな」と思ったんだ。ライヴを観たのはそこからずっと後なんですよ。でも、その前には何をやっていたんですか。きっとバンドが最初では無いよね。

Spinna B-ILL(以下、S):僕はあれが人生最初のバンドだったんですけど、それまでは自分でオケを持って行ってポン出しで歌うっていう、自分が作ったトラックがメインで、内容はヒップ・ホップ、R&B的なのが半分以上とか、でも、その中には今もある様な和物の歌謡曲的な要素があったりとか。何かそのうち俺が歌うと「レゲエの人だよね」って言われる様になってきて。

●へえ。

S:「何なんだろう」ってずっと思ってたんですけど、僕的にはレゲエっていうのは、未だにそうなんですけどエッセンスだったので、凄く知識があったわけでもなく。

●僕はビデオを観た時にレゲエというよりは、もっとブルースとかアーロン・ネヴィル的なソウルみたいな何かねちこい感じをその時は感じたんですけどね。

S:そうですね。

●だからこれは前に何かあるんだなと。

S:その前はダンスをやっていたんです。

●へえ、ダンサー?ビー・イル(B-ILL)っていうから、俺はヒップ・ホップかもと思ってた。

S:そうですね、でもヒップ・ホップ、ヒップ・ホップはして無かったんですけど、でも言うたら結構ブレイキング(ダンス)をガッツリやっていたシーズンもあって、それで”Spinna”っていうのは、歌うよりも、本当に回ってたってとこから来ていて。

●ああ、スピンしてた。

S:で、Bボーイネームみたいに元々“ビル”だったんです、唇がデカいから。

●なるほど。

S:この世界、そういうネガティブなとこをポジティブに変えるじゃないですか。だから、そういうBボーイネームみたいな感じで。

●生まれはどこでしたっけ?

S:島根県で、出雲大社があったり世界遺産の石見銀山とか、あとは竹島なんてのもありますね。アーティストでいうとギターウルフ、ちょっと前だとヤクザキック、YKZのヴォーカルのラップをやっていた子とか、田中美佐子、佐野史郎とか、数える程しかいない。

●その島根でそういう黒いものが芽生えたっていうこと?

S:そうですね、やっぱりダンス甲子園とかだったっすね。その前にBSとかの「NBAファインプレー・ショー」みたいなやつでベル・ビヴ・デヴォーとか、ボビー・ブラウンとか、ああいうニュー・ジャック・スウィングの全盛期にハマって、でもその前とかはパンクとかだったんですけど、それからはもう黒人が写ってるジャケを全部買うし借りるし、その勢いでバーっていれ込んじゃってガッツリ聴いてました。そこからちょっと時間が空いて就職で東京に出て来て、公にはしていないんですけど、ネタ的には東京電力ってとこで10年ほど勤めていて、でも辞めたのも、もう10年くらい経つっすけどね。その頃は、ジュリアナとかそういうのもありながら、当時Snowの「Sexy Girl」とか「Informer」とかでブレイキングを始めるやつらがケバい姉ちゃんの中にいたりとかして「お!なんだこれ?」って、俺はスーツを着ながら見てたりして、その後ぐらいからですね。

●その時はまだ歌ってないんですか。

S:その時は歌なんか全然やっていなくて。

●でも、歌が上手いじゃないですか。どこかで自分は歌が上手いって気がつくわけでしょ。子供の時に100m競走で「自分はちょっと足が速いな」とか気がつくじゃない。そういうのは?

S:いや、でも、カラオケレベルですね。俺の周りのやつは結構歌が上手いやつが多かったかもしれないですけど。でもボーイズIIメンとかああいうコーラスとかハーモニーの黒いのをガッツリ聴く様になって「これだったら俺も出来そうだな」っていうことでダンサー期からシンガー期ってのに入っていくんです。最初はSound Cream Steppersっていうクルーのユキさんって方のダンス・スクールに半年通って、その間、東電の方でも転勤があって、栃木行ったり、長野に行ったりとかしていた時にラッパーの子達とつるんで、フィーチャリング・ダンサーでNice & Smoothの前座をやらせてもらったりなんてのもあった。それでちょっと揉めることもあって良い機会だから歌でもやろうかなって、それでMPCとかMTRを買っていきなり始めちゃったみたいな。MPCにベースのラインを突っ込んで、ベースをゴリゴリゴリゴリって、意味分からないことをずっとやってたりして、それでまた東京に戻って来て、その音源を使って池袋のbedが多かったんですけど、ライヴをやったりとか。そうこうしている内に(アーロンフィールドの)向後さんに出会って色々話しをしながら「Bob Marley & The Wailersみたいなバンドをやろう、あの音楽凄い好きだし」みたいになって、それで会社を辞めて今に至る感じです。

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