Text by Hajime Oishi(大石始)
『Extermination Dub』――〈皆殺しのダブ〉と名付けられたTHE HEAVYMANNERSのダブ・アルバムは、DRY&HEAVY~REBEL FAMILIAを通じて険しいレゲエ道を歩んできた秋本“HEAVY”武士(ベース)にとっては、まさに〈夢のようなアルバム〉だと言う。なにせダブ・ミックスを手がけているのは、キング・タビーの愛弟子にして70年代末から80年代初頭にかけて多くの傑作を作り上げてきたサイエンティスト。しかもジャケットのイラストを手がけているのは、サイエンティストが関わった当時の名盤の多くを彩ってきたトニー・マクダーモットだ。
スライ・ダンバー、イエローマン、リンヴァル・トンプソンなど泣く子も黙るレゲエ・グレイツも参加したオリジナル音源をサイエンティストはいかに料理したのか?秋本との会話はレゲエ/ダブのディープな精神論まで辿り着き、ラストには驚きの宣言も――。あまりにも濃厚な秋本との6500文字インタヴュー。心して読むべし。
●秋本さんがダブの存在を意識するようになったのはいつごろからなんですか。
秋本“HEAVY”武士(以下、秋):俺が初めて観たダブのライヴって、アスワドとエディ“タンタン”ソーントン(トランペット)が確か、郵便貯金ホールでやった来日公演で。アスワドのドラムとベース、ギター、それとタンタンという編成。ダブ・エンジニアが誰だったのか分からないんだけど、俺が17、8のころだから86、7年だったと思う。
●それまでにレゲエはだいぶ聞き込んでいたわけですよね。
秋:そう、ウェイラーズに完全に持っていかれてた時期で、そういう最中にアスワドのライヴを観て。当時はまだ〈ダブ〉というものを強く意識していたわけじゃなかったけど、そのライヴが衝撃的だった。最小限の編成なのに、こんなことができるんだ!っていう驚きがあって。エフェクトで音がグルグル回ってるし、空間を最大限に活かした凄いライヴで。
●そのライヴが秋本さんにダブという存在を植え付けたわけですね。
秋:レゲエってぶっとい筆に墨をたっぷり染み込ませて、白い画用紙にバン!バン!バン!って点を書いたようなものだと思ってて。レゲエほど音数の少ない音楽ってなかなかなくて、ものすごい緊張感の上で成り立っている。3つの点しかない絵だったら、その点にはどうしても目がいくわけで、ひとつひとつに意味や緊張感がないと絵として成り立たない。作り込んだ音楽は西洋の絵画みたいなものだと思うんだけど、レゲエは違う。
●じゃあ、ダブは?新しい色をそこに加えるものなのか、白で消してしまうものなのか。
秋:レゲエの3つの点を動かして2つにしてみたり、ひとつにしてみたり、点の配置によって新たな視点やインパクトを作り出すものなんじゃないかな。
●なるほど。
秋:あと、ダブはリミックスの根源でもある。優れた歌ものに対する名テイクのダブには、〈これがこんな曲になるんだ!〉という驚きが詰まってる。キング・タビーにせよエロール・トンプソンにせよ。新たなストーリーを生み出してるような曲と出会うと、ダブという方法論の凄さに驚かされるんだ。ここ数年ベース・ミュージックについてよく言われているように、過去レゲエをルーツにするいろんな音楽が生まれてきたけど――昔だったらドラムンベース、トリップホップ、最近だったらダブステップだとか――自分の考えのなかではどれもレゲエっていう巨木の中の一枝っていう感覚があって、レゲエのなかには全部があると思ってる。何十年前に作られたダブやルーツの名盤がまったく消費されることなく輝き続けているけど、それは音に〈スピリット〉が乗っているというのが大きいと思う。人間の喜びとか哀しみ、苦しみ、勇気、未来とか全部が溶け込んだ音だから……レゲエにはただ音圧があるわけじゃない。〈理由がある音圧〉なんだ。
●〈理由がある音圧〉、ですか。
秋:どんなハコにいっても、70年代の優れたレゲエのレコードをかけると〈ウチのPA、こんな音が出たの?〉ってびっくりするんだよ。何よりも出るよ、レゲエが。若いベーシストも〈どうしてあんな音が出るんですか?〉って聞きにくるんだけど、俺、なんのエフェクターも使ってないんだ。ベース・アンプだけ。要はイコライジングじゃない。グルーヴで音圧を稼ぐという技がレゲエにはあるんだよ。
●グルーヴで音圧を稼ぐ?
秋:スピーカーやCDの音圧にはマックスがあって、ヴォリュームなら10あるうち10までしか出せない。でも、みんな10までいくようにいろんな音を詰め込もうとする。皆、そこで競ってる。それってそれぞれの音がブツかっちゃうからすぐにピークまでいっちゃう。で、レゲエの場合は一番の音圧のピークがくるのがバスドラとベースじゃん。他の音楽はバスドラとベースがジャストにきて、ドン!と鳴る。だからすぐピークがきちゃうんだけど、レゲエはバスドラのわずか後ろにベースがある。DRY&HEAVYの場合も七尾(茂大/DRY&HEAVYのドラマー)くんのバスドラが俺のベースよりもほんの少しだけ前で鳴ってるから、ドン!じゃなくてドフッ!ってくるんだ。今でも七尾くんとツアーで回ると、ハコ専属のPAがみんなびっくりするわけ。〈ウチのスピーカー、こんなに出るの?〉って。だから、単純な音量じゃなくて、グルーヴなんだよ。グルーヴのコンプがかかるんだ。
●なるほど、人間コンプですね。
秋:そう、人間コンプ。
●ちなみに、秋本さんが一番敬愛するダブ・ミキサー、ダブ・エンジニアって誰なんですか。
秋:やっぱりキング・タビーかな……エロール・トンプソンも好きだけどね(笑)。
●タビーならどのアルバムですか。
秋:全部好きだけど、一番自由なのはアグロヴェイターズのアルバムかな。(オーガスタス・)パブロも凄いけど。エロール・トンプソンならバーニング・スピアのダブ(『Garvey’s Ghost』)。あとは〈African Dub〉のシリーズ。あれは神懸かり的な凄さだね。オリジナルの音源を聴くと、凄さがより際立つと思う。あと、ダブって言葉のない音楽だから、タイトルとかジャケットにこだわる音楽でもあって。意味深なジャケットも多くて、ある意味聞き手に丸投げの表現手段でもある。だからこそ魅力的なんだよね。
●では、秋本さんにとってサイエンティストはどういう存在だったんですか。
秋:タビーの一番弟子が(プリンス/キング・)ジャミーで、二番弟子がサイエンティスト。サイエンティストがなぜあそこまで名をなすエンジニアになったかというと、そこには理由があって。タビーにアグロヴェイターズというバンドがいたように、サイエンティストにはルーツ・ラディクスがいた。サイエンティストのエフェクトのグルーヴ感というものは、アグロヴェイターズだと合わないんだよね。一番ジャストなルーツ・ラディクスというバンドがいたからこそ、相乗効果で上り詰めていった。やっぱりエンジニアのテクニックだけじゃないんだよね。相性のいいバンドがいたからこそ。
●秋本さんはラディクスについてどう捉えているんですか。
秋:俺にとってはバレット兄弟、スライ&ロビーという両巨匠がいて。ロビーはバレットの流れを汲んでいて、どっちもベースを銃みたいに扱うベーシストでもある。バレットが一撃でしとめるライフルの名狙撃手だとすれば、ロビーはマシンガンのように撃ちまくって、全てを破壊してしまうんだ。その2人は俺のなかであまりに大きな存在で、ラディクスはスタイル・スコットとフラバ・ホルトというドラムとベースが支えてるんだけど……やっぱり俺はウェイラーズとスラロビなんだよね。ただ、スタイル・スコットがいなかったらダンスホール・レゲエって生まれてなかったと思う。平坦なんだけどクールに淡々と続くスタイル・スコットのグルーヴ。バレットとかロビーはメッセージが強いんだけど、ラディクスはムードありき。ウェイラーズみたいにドロドロしたところがなくて、もう少しクール。
●サイエンティストといえばルーツ・ラディクスですけど、秋本さんからラディクスの話を聞いたことないなと思って。その意味で、今回サイエンティストにダブを依頼したのはちょっと意外だったんですよ。
秋:そうだよね。ラディクスについては若いころクソミソに言ってたよ。てめえは何も成し遂げてないのに(笑)。そうは言いながらも、サイエンティストもラディクスの作品もかなりの枚数持ってて。サイエンティストとラディクスの漫画ジャケのアルバムであるとか、トーヤンの『How The West Was Won』(81年)とか。一番好きなのは、バーリントン・リーヴィの『Poorman Style』(82年)っていうアルバム。全盛期の作品で、歌モノのアルバムなんだけど半分ダブで。
●歌はそのままで、バックがダブワイズされているということですか。
秋:そうそう。ものすごいバランスだし、音もムードも最高。俺はあれがサイエンティストとラディクスの最高傑作だと思う。サイエンティストはタビーやジャミーと比べて一番ダイナミックに空間を活かすエンジニアで、手法としても大胆なんだよね。